「弓張り月のなるまえに」
序
ヒュッ
しんと静まった、明かりひとつない真っ暗な空間の中で、
一本の矢が空を切り裂いて獲物の腹に深く刺さった。獲物は矢とともに霧となって消えた。
「やったね。これで10は倒せた。今日はこれくらいにしましょう。」
風のようにはかない声が、その射手にささやいた。
長い年月をかけて育った竹としなやかな梓の木を合わせてつくられた長弓をその細い肩に預け、
長弓を複雑に美しくしならせている細い弦を繊細な指でなぞりながら射手は暗黒を仰いで
「そうね。」
と言って、長く黒い髪をそよ風になびかせてどこかへ行ってしまった。
「おい、こら起き上がれ! こんなのでへこたれるなんて恥を知れ!」
きつい罵声が地面に突っ伏している人に浴びせられた。
罵声を浴びせた人は仁王立ちになって突っ伏している人をじっと見下ろしていた。
「これが由緒正しき白金家の葵嬢の姿か!
こんな光景を『あの国』の者どもに見られたら一生の恥だぞ! さあ、さっさと立て!」
葵と言われた人はぴくっと動き、
素早く地面から起き上がると同時にその仁王立ちの人めがけて鳩尾に手刀を一閃食らわせた。
「ぐっ、ぐはっ」場面は先程の光景とは逆となり、
今度は葵が仁王立ちになって長い漆黒の髪についた土埃を振り払って言った。
「その口を閉じなさい。元璋。白金家を罵倒することは一切許しません。
たとえ私の師であるとしても、
そのような言葉を吐いたらあなたの喉笛を切り裂くだけではすみませんよ」
元璋と呼ばれた者はひっと言って、すぐさま人の姿から白い光の塊になって消えた。